まるちゃんと高知県へ。土佐清水市にある『ジョン万次郎資料館』で、幕末の日本を夜明けへと導いた軌跡を学んで感動する犬連れ旅。
訪れた日:落葉(11月中旬)
『ジョン万』が大河ドラマに!
突然ですが…ビッグニュース!

2028年のNHK大河ドラマが『ジョン万』に決定!かねてからの誘致活動や署名運動が実を結び、ジョン万次郎(中濱万次郎)の人生を描いた物語がついに大河ドラマ化。さらに、2027年放送予定の『逆賊の幕臣』で描かれる小栗忠順とも関係が深い人物ということで、2年連続で楽しめる幕末ストーリーにも期待が高まります。


万次郎役は山崎賢人さん。もう今から、めっちゃ楽しみなんですけど!

歴史好きなママは大興奮😁きっと地元の方々も喜んでいると思いまつ
あまりにも嬉しくて、いきなり大河ドラマの話題になってしまいました…。
これからご紹介する、万次郎の生まれ故郷に建つ資料館は、ジョン万次郎の生涯を学ぶのにぴったりの場所。ぜひドラマの予習を兼ねて訪れてみてください。きっと世界観が変わります
1.万次郎が生まれた土佐清水市へ
四万十川の沈下橋を見た後、ジョン万次郎の軌跡を学ぶため足摺港へと向かいます。


佐田沈下橋から1時間ほどで到着!
足摺港公園と駐車場
ジョン万次郎資料館のある公園は、かつて大型フェリーの船着き場だった場所。そのため広々としていて開放的な雰囲気が広がります。駐車場も十分に整備されており、100台以上駐車可能です。


めっちゃ広々としている公園で、太平洋からの潮風が心地よいでつ!


資料館に行く前に広々とした公園で、まるとお散歩を楽しみました

資料館に入る前に愛犬の運動をさせるのに最適な公園ですが、リード着用等、ペットマナーを守って楽しみましょう。糞尿の処理もお忘れなく。
広々とした公園はお散歩にピッタリ
ヤシの木が植えられた広場も最高
見晴らしの良い展望台もある
駐車場は3ヶ所(台数もたっぷり)
場所 足摺港公園 地図 GoogleMap
2.わんことジョン万次郎資料館へ
生誕地として知られる土佐清水には、万次郎の生涯が学べる資料館が建っています。


とってもキレイな資料館でつね

海の駅だった施設が資料館としてリニューアル。なので建物ピカピカ!

ジョン万次郎は通称名で、本名は中浜万次郎(中濱萬次󠄁郞)。アメリカの人々からはジョン・マンという愛称で呼ばれていたそうです。

3.ワンちゃんと資料館で学ぶ!

前置きの説明はこれくらいにして、それでは資料館へとレッツゴー!

あっあのー、まるも一緒に資料館の中に入っても大丈夫なんでつかね?
なんと!ジョン万次郎資料館はワンコ同伴OK。地面に下ろさず、スリングやバッグ等を使用するか、抱っこすれば愛犬と一緒に見学可能です(2026年4月に資料館へ確認済み)

※犬が苦手な方もいらっしゃるため、人との距離をとるなどマナーを大切に。さらに館内には飲食施設もあるため、あまり近づかないなどのご配慮をお願いします。また、当日の混雑状況等による場合もあるため、必ず受付にてご確認ください。

やったね!でっあのー、もう1つ質問が⋯。ジョン万次郎は何した人?

あはは。良い質問じゃん😁では今から館内を見ながら紹介していくね
イオンカードやJAF、SDカード等の提示で入館料割引あり!詳しくはホームページをチェック✔
ジョン万次郎に降りかかる災難
貧しい漁師の家に生まれた万次郎。9歳で父を亡くし、幼い頃から働き家族を養う。

10歳の時、本人の希望もあって漁師となった万次郎。4年後の1841年、漁に出た足摺岬の沖合で遭難。数日間漂流した後、伊豆諸島にある無人島に漂着。からくも生き残った仲間と、143日間にわたる無人島生活を送ります。

無人島で143日間も生き抜いたこともスゴい!まるは絶対に無理でつ

うん、確かに。そしてココから人生が大きく変わる出来事が起こります
万次郎の人生を大きく変えた出会い
無人島で生きる万次郎たちの前に、運命的な出会いとなる一隻の船がやってきます。

無人島に来たのは、アメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号。食料の確保などが目的でしたが、乗組員が万次郎たちを発見し救助します。

なんとか救助されてよかったでつ!これで安心して、お家に帰れまつね

う~ん⋯それが当時の日本は鎖国していて、外国船は近づけず帰れない

ハワイに立ち寄る万次郎たち
救助された万次郎たちは日本には戻れず、船はハワイに立ち寄ることとなりました。

救助された5人の日本人たち。ハワイ王国の顧問で宣教師だったジェリットさんの計らいで、比較的安全だったホノルルで4人が下船。しかし万次郎はアメリカを見てみたい気持ちがあり、さらに船長が本人を気に入ったことにより、仲間と別れアメリカ本土を目指します。

アメリカを見たいという万次郎さんのチャレンジ精神、スゴいでつね!

うんうん。でも万次郎の本当にスゴい話は、ここからがスタートなんだ
異国の文化を学んだ万次郎
1843年に長かった捕鯨航海が終わり、船はいよいよアメリカ本土に到着します。

アメリカ本土に渡った万次郎は、船長ホイットフィールド氏の養子のような形で生活します。現地の学校で英語を学びながら、バートレット・アカデミーでは数学や航海術、造船などを学び、優秀な成績を収めたと伝わります。さらに、日本ではまだ知られていなかった民主主義の概念や欧米の進んだ社会にも触れました。

万次郎さんもスゴいけど、才能を見出した船長さんも素晴らしいでつ!

うん。さらに人種差別もあった時代だから、なおさらスゴい人たちだね
日本に帰国することを決意
アカデミーを卒業した後、捕鯨船フランクリン号に乗って大海原へと航海に出ます。


遭難して太平洋から米国へ。そして捕鯨で大西洋へ。まさに地球一周!

うん。実は、ハワイを起点にすると地球を2周したとも言われているよ
アメリカの文化と西洋の知識を学び、世界の海を航海した万次郎は、祖国の日本に帰ることを決意します。まずは帰国に必要な資金を得るため、当時ゴールドラッシュに湧いていたサンフランシスコで、金を採掘する仕事に就きます。

帰国資金を用意した万次郎は、まずホノルルに渡り、漂流した仲間を迎えに行きます。そこから商船サラ・ボイド号に乗り込み、日本近海で小舟のアドベンチャー号にて沖縄に上陸。

全員ではなかったけど、五右衛門と伝蔵の二人と共に沖縄に無事到着!
4.夜明けへと導いた万次郎の軌跡!
実際に肌でアメリカを感じてきた日本人として、まずは沖縄に戻ったジョン万次郎。


無事に戻れて良かったでつ。壮大な物語を見るようで感動ちまちた!

⋯いや、まだ序章。ここから万次郎が活躍する本当の物語が始まります

沖縄で尋問された後、薩摩に送られた万次郎。そこでも取り調べや人々の質問を受けることとなります。有名なエピソードとしては、藩主の島津斉彬公との関係。西洋に興味のあった名君として知られる斉彬公は、アメリカから帰ったジョン万次郎を保護。「異国では人の値打ちは身分ではなく、才によって定まる」と語った万次郎に、斉彬公は深く頷いたそうです。

理解力のある藩主斉彬公の薩摩を経由できたことも、幸運だったと思う
母の待つ故郷へ
薩摩から長崎奉行所を経て、ついに土佐に戻り母と再会。なんと漂流から故郷に辿り着くまで、11年もの月日が流れていました


やった!これで故郷で幸せに暮らせまつ。そして話はハッピーエンド?

いやココからが最高潮。でも長文になってきたのでシンプルに行きます
日本の夜明けに影響を与えた万次郎
黒船来航で揺れていた時代。海外の情報を必要としていた日本において、万次郎は多くの人々に影響を与えることとなります。

土佐では絵師の河田小龍が、万次郎の体験をもとに『漂巽紀略』(全4冊)をまとめました。この書物は幕末の志士たちにも影響を与えたといわれています。なお坂本龍馬も河田小龍を通じて異国の話や万次郎の体験に触れたとされています。その後、万次郎は土佐で教育にも関わり、多くの人材育成に携わりました。中には後藤象二郎や岩崎弥太郎といった人物もいたと伝えられています。


わぁ、ペリー提督がやってきた⋯
ペリー来航に揺れる幕府の中、ジョン万次郎は江戸に呼ばれ、幕府に取り立てられて通訳や翻訳に関わるようになります。江川英龍のもとで造船や航海術の知識を生かし、人々に英語や海事知識を伝えました。その後、日米修好通商条約の批准に関連する使節団の一員として、勝海舟らとともに咸臨丸で渡米し、日本の近代化の一翼を担い、多くの人物に影響を与える存在となりました。
アメリカとジョン万次郎
その後は開成学校教授を務め、ヨーロッパへも視察団として派遣。この時の米国に滞在中、フェアヘーブンへと向かい、恩人のホイットフィールド船長と再会しました。

中浜家とホイットフィールド家の子孫は、今でも交流が続いているそう。また滞在先であったニューベッドフォードとフェアヘーブンは、土佐清水市と姉妹都市盟約を結んでいます。

あの大谷翔平の活躍も、米国に足跡を残した万次郎がいたからこそかも

おお、確かに。万次郎の軌跡は大きな功績として花が開いているかもね
大谷選手の例は少し飛躍があるかもしれませんが、困難を前にしても決して諦めなかったジョン万次郎の功績は、欧米を知らなかった当時の日本人にとって、この国が大きな未来へと進むための糧となったといえるでしょう。
万次郎のまいた種は次の時代への原動力となり、多くの人々の心に「日本の夜明け」という花を咲かせました。
前向きで礼儀正しく、貧しい人には惜しみなく手を差し伸べる――そんな謙虚さと柔軟さをあわせ持つ彼の姿は、現代の私たちにとっても学ぶべき日本人の在り方なのかもしれません。
周辺の犬連れ観光スポット
土佐清水市には復元された生家や生誕地、足摺岬に立つ像など、見どころたくさん!


お近くにお越しの際は、万次郎ゆかりの地にも足を運んでみてください
生誕地や生家はジョン万次郎資料館から車で約20分ほど、万次郎の像がある足摺岬はさらに南へ約15分ほどの距離にあります。

ちなみに…近くにある2つの水族館はワンちゃんと一緒に入館できまつ
両施設共、ジョン万次郎資料館から国道を西へ進み、車で約15分ほどの距離にあります。
5.所要時間とまとめ
私たちはジョン万次郎資料館に1時間ほど滞在しました。公園の散策や生誕地巡りを合わせると、半日程度は必要かと思います。さらに足摺岬や水族館も訪れる「土佐清水満喫コース」は、1日たっぷり見ておくと安心です。

高知県土佐清水市にある、ジョン万次郎資料館をご紹介しました。数奇な運命を辿りながらも、決して諦めず、世界の知識や技術を吸収し日本に伝えた万次郎。ぜひ皆さんもワンコと一緒に、日米の架け橋となり日本を夜明けへと導いた、万次郎の軌跡を体験してみてはいかがでしょうか♪



