わんこと巡る熊本県の旅。近年、謎の地下室遺構が発見され注目を集める、ミステリアスな人吉城跡へ。霧に包まれた冬の幻想的なお城で、歴史とロマンを感じるひとときを紹介します。
訪れた日:初冬(12月初旬)
1.ミステリアスな人吉城跡へ
熊本県最南部、人吉市麓町にある、球磨川と胸川に囲まれた人吉城跡へ。


駐車場は無料でちた

うんうん。元々、公園内に市役所があったそうなので、駐車場も広々~

熊本豪雨(令和2年7月豪雨)
2020年、線状降水帯による豪雨で球磨川が氾濫し、人吉球磨地方で甚大な水害が発生。現在も城内では工事が進められ、着実に復旧への歩みを重ねています


ココは既に完了。随時工事をしている時があるのでホムペを要チェック
人吉城歴史館
駐車場の近くには、人吉城や相良藩の歴史が学べる、人吉城歴史館があります。


残念ですが豪雨災害の影響で閉館中

ワンちゃんは入れないけど、交代してでも見る価値アリの資料館でつ
ミステリアスな地下室遺構
人吉城跡では、井戸を備えた石組みの地下室遺構が2か所見つかっています。

平成9年の発掘調査で見つかった資料館の下にある地下室は、家老・相良清兵衛屋敷にあったことまでは分かっていますが、何のために造られたのかは今も謎のままです。古文書などの記録が一切残っておらず、全国的にも類例がないことから、用途の特定は難航しています。

地下室は資料館にて見学可能!遺構の3Dモデルが見たい方はコチラ⇩
広さ約6m四方、深さ約3.2m。2つの階段と大きな井戸を備え、井戸の底からは刀も出土しました。屋敷は寛永17年の「お下の乱」で失われましたが、絵図からは持仏堂の地下にあった可能性が高いとされています。

こちらのもう1つの地下室、大井戸遺構は、相良清兵衛の息子の屋敷にあった「蔵」と記された建物の場所にあたると考えられています。
貯水施設、隠れ場所、あるいは宗教儀礼に伴う行水や沐浴の場だったのか――。
400年前の人吉に残された、今だ解き明かされていない地下のミステリーです。
2.御館跡庭園と相良護国神社
いよいよ人吉城跡へと進みます。私たちは南側にある水濠にかかる橋から城郭へ。


石橋から鳥居をくぐると、御館跡庭園があり、その先には神社が御鎮座

登城する前に、まずは神社に手を合わせ、旅の感謝をお伝えしました

人吉城跡の一角に建つ相良護国神社は、相良藩主や戦没者など、人吉球磨地方の英霊をお祀りする神社。その隣に並ぶ相良神社は、明治13年(1880)に創建され、相良家初代から36代までの歴代当主が祭神として祀られています。
神社の境内は神域のため、小型犬であれば抱っこするなど、犬連れの方は庭園も含めて、ペットマナーを守って見学するようにお願いします。
社務所に御朱印あり
人吉城の軍艦御城印も販売
社務所は参道の脇
場所 相良護国神社 地図 GoogleMap

3.わんこと人吉城跡へ
神社にお詣りをして、庭園を見学したら、いよいよ城郭へと入ります。


この日はお天気が悪く、極寒だったので、ズンズンと進んでいきまーす

しばらく進むと、広い場所が見えてきました。一方、まるちゃんはというと…


コートに包まれて、やっと登場😁

だって寒いんだもん…
城郭は公園にもなっているので、ワンコと一緒に歩いて散策できますが、歴史ある史跡ということをお忘れなく。リード着用は必須で、糞尿の処理を含め、ペットマナーを守って楽しみましょう。
三ノ丸跡


すごく広い城郭で、霧が立ち込める神秘的な雰囲気も相まって感激!

城好きのママは大興奮しておりまつ

球磨川と胸川が合流する要衝に築かれた人吉城跡は、約21万6千㎡に及ぶ広大な史跡です。築城の起こりは12世紀末。鎌倉幕府を開いた源頼朝の命を受け、相良家初代の相良長頼が人吉へ入った当時、この地は平頼盛の代官・矢瀬主馬佑が治めていたと伝えられています。

あっちこっちに感動し、さらに城郭の奥へとズンズンと進んでいくと…

相良氏の祖である相良長頼は、元久2年に人吉荘の地頭としてこの地に入りました。当時ここを治めていた矢瀬主馬佑は長頼に反抗し、鵜狩りを装って討たれたと伝えられています。主馬佑の死を嘆いた母・津賀は自害し、その怨念が祟りとなったという伝承が残りました。後に三ノ丸には鎮魂のため「お津賀の社」が建てられたとされ、人吉城に今も語り継がれる哀しい物語となっています(現在お社は残っていません)。
二ノ丸跡


うんうん。お城の重要な区画になってくると、入口の造りも重厚だね

江戸時代初期、二ノ丸は本城(本丸)として御殿が築かれ、城主が日常生活を送り、接待の場としても使われる人吉城の中心となった場所。当時は、金箔が施された書院造りの建物もあったと伝わります。現在は建物の痕跡こそありませんが、堅固な石垣や「中の御門」跡、北側に残る珍しい小さな「埋御門」跡などが残り、お城好きには見どころの多いエリアです。

本丸


本丸に天守閣のような建物は築かれず、護摩堂があったとされています

相良長頼は、主馬佑の城を基に城域を拡張し、現在の人吉城の礎を築いたと伝えられています。その築城の最中、三日月の文様が刻まれた石が見つかったことから、この城は「繊月城(せんげつじょう)」、または「三日月城」とも呼ばれるようになりました。
御下門跡へ
本丸を見学したあとは登ってきた道ではなく、うぐいすだに広場を通って御下門跡へ


実はこちらが正式なルートであり(神社側は見学用に作られた道)、当時は本丸へと続く唯一の道でした


うん。さらに道はストレートではなく折れ曲がっていて、防御も鉄壁!
水ノ手門
御下門を出ると堀合門や米蔵跡があり、川沿いには水ノ手門跡が残されています。

この先に見える堀合門(左奥にちらりと見える建物)は復元されたものですが、廃藩置県の際に相良藩家老・新宮家の屋敷跡へ移築されました。現在は、人吉城で唯一現存する建物として知られています。

視界がひらけた歩きやすい場所に出たので、まるもズンズン歩きまつー

では水ノ手門の解説もよろしく~

水ノ手門は、江戸時代に整えられた人吉城四門のひとつ。球磨川に面し、船着き場とつながるこの門からは、年貢米や塩などの物資が静かに城内へ運び込まれていました。川岸の石垣上に建てられた門と河原へ続く階段は、今も城が水運と深く結びついていた往時を想像させます。
はねだし石垣と城址碑
城の玄関口ともいえる場所には、フォトスポットにぴったりな城址碑と、全国的にも珍しい“はねだし石垣”があります。


城址碑とパシャリ📷️したその先には、全国的にも珍しい石垣を発見!

城跡碑の先には、石垣の上部が外へ張り出した、武者返しとも呼ばれる「はねだし石垣」が続いています。これは文久2年の火災後、防火と防御を目的に築かれたもの。石垣をかさ上げし、西洋式のはね出し工法を採用した構造で、攻め上る敵を上から防ぐ仕組みです。この工法は品川台場で初めて用いられ、五稜郭などの西洋式城郭では見られるものの、旧来の城郭に採用されたのは人吉城だけとされています。


これは、あくまでも素人ママの個人的な意見だけれど――
約700年もの長きにわたり、同じ家系の城主が治め続けた城は実はとても珍しい。普通なら時代の流れの中で“書き換えられて”しまいそうなことも、変わらず受け継がれてきたからこそ、その藩ならではの秘密やしきたりが静かに残り、謎の地下室のような存在が生まれたのかもしれない。そう考えると、人吉城は非常に貴重な城郭で、今後の調査次第では、まだまだ新たな発見が出てきそう。そんな想像をかき立てられる、とてもミステリアスなお城だとママは思いました。

長文だ😁ママはお城好きで、想像豊かだということは伝わりまちした
百名城スタンプは人吉城歴史館へ
【開館中のみ押印可能なのでご注意ください】
段差も多く歩きやすい服装がオススメ
場所 人吉城跡 地図 GoogleMap

人吉城跡の雰囲気が分かる、オススメの公式動画を見つけたのでご紹介
4.歴史ある城下町をぶらり歩く
私たちは時間がなく行けませんでしたが、700年の歴史が息づく城下町も魅力的。

熊本県観光連盟作成の見やすいガイドとマップで事前に要チェック✔

お城から駅まで1.5kmほどの距離なので、ぶらり街歩きもオススメでつ
観光複合施設 HASSENBA
お城から球磨川を挟んで反対側にある、新しくできたランドマークとなる複合施設。

パンケーキが人気のCafeがあり、川沿いのテラス席はワンコOKでつ!

お土産選びにピッタリな地域産品を取り揃えたショップもオススメです
5.まとめ
私たちはお城のみの見学で、滞在時間は約1時間半でした。人吉城歴史館もあわせて見学するなら、さらに1時間ほど。加えて城下町の街並みも楽しむなら、半日〜1日ほどあると安心です。

熊本県人吉市麓町にある人吉城跡をご紹介しました。天然の堀ともいえる川に囲まれた城郭は、まさに鉄壁の守り。地下室や三日月の石など謎も多く、この日は霧が立ち込めていたこともあり、より一層ミステリアスな雰囲気を感じられました。ぜひ皆さんも、700年の歴史を刻む人吉城跡へ、ワンコと一緒にお出かけしてみてはいかがでしょうか♪
このあとは天草を旅します。






